2011年9月26日

フィリップ・ワイズベッカーさん

乃木坂の「gallery ART UNLIMITED」へ。
フィリップ・ワイズベッカー展
PARTS AND PIECES

はじめてのギャラリーでしたが、ホームページ
掲載の"道案内"がとてもわかりやすくて
迷わず到着。ことばでの"道案内"、わたしには
地図よりずっと助かります。

初日のきょうは、フィリップさんも会場に
いらして、作品の説明をしてくださいました。
日頃、目にしているものを、フィリップさんが
捉えると、こんなに素敵な線であらわされる、
鉛筆や色鉛筆で描かれているので、
よけい身近に感じます。

「これはね、三菱のボールペン、これが
とってもいいんだ」と絶賛。大きな作品も、
細いボールペンの線で描かれていました。

「ハモニカブックス」から3冊同時刊行されてる
作品集がとても素敵。フィリップさんがノートに
描き溜められた作品が、上手に再現されています。
3冊の表紙は、それぞれの色で、セットになると
一段と引き立ちます。

イラストレーターの小川かなこさんと、いっしょに
行きました。素敵な作品をみたあとなので、
とてもたのしいティータイムを過ごせました。

2011年9月25日

話(「西口徹さん」)

季刊誌「やま かわ うみ」の秋のイベントが、
キッド・アイラック・アート・ホール」で
ありました。

会場で、この雑誌に寄稿されている西口徹さんに
お会いしました。西口さんは、河出書房新社の
編集者で、10年ほどまえに親子詩集の
半熟たまご」をつくっていただきました。

金子みすヾのムック本をつくった方でしたから、
信頼してお任せしようと、何から何まで西口さんに。
いまになって知ると、わたしとそんなに年も
はなれていませんでした。

河出書房新社の前は、青土社にいらして、
むずかしい詩をいっぱい読んでいましたから、
わたしたちの詩は、新鮮に胸に飛び込んできました、
と当時のおことばです。

飄々とした風貌、いまだに携帯電話をお持ちで
ないところ、西口さんのイメージは、まったく
かわっていません。そしてフィルムカメラ、
使っていますよと、これはわたしも同じ。

小学生の娘に、おとなのように接してくださって
ました。「大学合格したら、あみちゃんに
ごちそうします」ときょうの伝言。あのとき以来、
お会いしていませんから、それはそれは
変わったはずです。

2011年9月24日

詩とファンタジー 16号










「人生は、いまからがたのしい!」きょう
お会いしていちばんに、やなせたかし先生が
おっしゃったおことば。

お仕事をされている机の横に、椅子をならべて、
詩とファンタジー」の次号、こんなかんじです…と
見ていただきながら、先生のご意見をいただきます。

サトウハチローのお話が、ぽろりぽろり。
「少年倶楽部」という雑誌を、やなせ先生も
愛読していたそうです。

さまざまな詩人が、詩を発表されていて、
その中でも「サトウハチローがすきだったなぁ」と。
「詩壇では認められてなかったんだよ」とも。
やなせ先生と、どこか共通しているところが
あるのですね。

ハチローのおとうさまの佐藤紅緑は、ハチローが
不良だったので、小説の中で不良少年を描くのが、
実に上手だったことなど、教えていただきました。

ハチローの異母妹、佐藤愛子さんの書かれた
血脈」これに詳しく書いてあると、おすすめでした。
「血脈」、わたしは文庫本で読みましたが、
途中でやめられなくて、三冊明け方までかかって
読みました。家族のひとりひとりの個性に、
ぐいぐい惹きつけられてしまうのです。

次号「詩とファンタジー 16号」を
どうぞおたのしみに。

2011年9月23日

話(「お元気ですか」)

お手紙を書くことがぐっと少なくなり、
メールでは、必要なやりとりに徹することが
多く、「お元気ですか」というための
メールもあんまり…。

このごろ、お互いに連絡をしていないけれど、
どうしているかなぁと、おともだちのこと、
気になっていました。

きょうは、台風で外出の予定を取り止め、
時間ができました。こういう時こそ、
日頃気になっていたことを。わたしの
近況も書きながら、「お元気ですか」と。

台風の中、ご実家に向かう電車の中の
おともだちから、返信が届きました。
あした、おとうさまが手術をされるそうで、
立会いのための帰省中。彼女自身が元気で
あっても、ご家族・ご身内に何かあると、
大変です。

親の年齢を考えても、突然何が起きても
おかしくないと、痛感していますと。
同年代のおともだちは、親もほぼおなじ年齢
ですから、よく判ります。また落ち着いたら、
ゆっくり会いましょうねと。

あみちゃんの受験もがんばってほしいです…と
ありがとう。この時期、娘は、文化祭の
ダンスに燃えて、受験はどうするのって
いうことは、わたしだけが気にしています。

夢中になってやっいることは、とめることが
できません。どうぞの秋です。

2011年9月21日

話(「すやまたけしさんの精神」)

『何事につけ「とりあえず」「にもかかわらず」の
精神で生きています。

「とりあえず」と言って、この怠惰な人間を
動かし始め、くじけた時は「にもかかわらず」と
言って、自分を激励するのです。

たとえば「とりあえず」詩らしきものを書いて
満足できない「にもかかわらず」投稿したりして、
しかし掲載されることになれば、それは僥倖と
いうものです。』

これは、先日の「朗読会」でもみなさんに
ご紹介した、すやまたけしさんのおことばです。

「とりあえず」わたしは、歌らしきものを書いて、
満足できない「にもかかわらず」
「日経新聞」の歌壇に投稿してみました。

会うために仕事なんとか切り上げて
豪雨の中を歩いて来たひと

岡井隆 選
決して若くはない恋だからこそ相手に対する
思いやりが生まれる。
大人同士のかかわり合いの切なさでもある。

日曜日の掲載、とてもうれしかったです。
この気持ちをたいせつに、生きていきたいです。

2011年9月19日

話(「お墓参り」)

ぎっくり腰の父のお見舞いに、弟と横浜に
行きました。実家に行くのは久しぶり、
柿が色づいていました。

その辺りの風景は、ほとんどが何の変化も
ありませんが、住んでいる人々は、年と共に
移り変わってゆきます。

ご両親は、定年を迎えられて、故郷に戻られ、
いまは成人したお嬢さんおふたりだけが、
そのお家にいらしたり。やはり、ご両親は
アメリカの田舎での生活を選ばれて、学生の
ご姉弟のみが、そのままこちらで暮らしていたり。
父のように、一軒家で1人暮らしの方も増えました。
いろいろです。

さんざん父と弟とおしゃべりして、帰りは
母のお墓参り。りんどうとコスモスを、
束ねてもらいました。

日暮れ間近で、この時間から行くひとはいなくて、
がらーんとした道を歩いて、母のところへ。
まわりにだーぁれもいないのをいいことに、
弟と母のすきな歌を唄うことにしました。

こんな提案に、即賛成してくれるのは、弟くらいな
ものです、ありがとう。さだまさしさんが
すきだった母のために、声を合わせて気持ちよく
うたってきました。

夜は、虫の音にバトンタッチ、日中は暑くても
もう秋です。

2011年9月12日

星くず朗読会 シリーズ6

「星くず朗読会」シリーズ6 
すやまたけしさんの作品を読む会」

詩とメルヘン」という雑誌がなければ、
詩を書いていなかったし、詩を書き続けて
いなかったとおもいます。

そこで出会った、すやまたけしさん。
すやまさんは、とても残念なことに
今年の6月にお亡くなりになりました。

すやまさんの作品を朗読しましょう、と
「詩とメルヘン」への投稿を通じて知り合った
おびきみつこさん、酒井景二郎さん、
そしてたくさんのお仲間といっしょに、
ひとときを過ごせたこと、そこにすやまさんも
いらっしゃるようで、うれしかったです。

カフェの小さなスペースでの朗読会は、
はじめてでした。マイクを使わないで、
届く範囲というのは、気持ちが伝わるまでの
距離が、すくそこというかんじで、
それはそれで、どきどきします。

「詩とメルヘン」という雑誌が30年
続いたことから、当日カフェに流れていた
音楽も、30年間の筒美京平作品を30曲
選んだものでした。ひげ☆ぼうずさん、
どうもありがとうございます。

すやまさんのご家族のみなさま、おともだち、
すやまさんのお人柄と作品がだいすきで、
集まってくださったみなさま、
ブック・カフェ槐多」の早川さん、そして
お手伝いしてくださったみなさま、
どうもありがとうございました。

やなせたかし先生、先生のおかげで
わたしたちはこんな素敵な時間を
過ごすことができました。

「星くず朗読会 シリーズ6」ご報告





事務局、ひげ☆ぼうず、です。

このたびは「星くず朗読会 シリーズ6
すやまたけしさんの作品を読む会」に
お越しいただき、ありがとうございました。

東日本大震災から、はや半年、"日常"はいつもと
同じ顔して続いているように見えますが、やはり
この30年を、ただノスタルジックに振り返るだけでは
ない朗読会になっていたような気がしました。

みなさまは、どんなふうに感じられましたでしょうか?

日々、このブログを支えていく中で、今後も定期的に
朗読会を開き、みなさまと直接お会いできる機会を
もてることは、本当に励みになります。

今後とも、当ブログ・企画等、よろしくお願いします。


9月4日のご報告です。


<音楽>
今回の朗読会に合わせ、この30年を振り返るために
偉大な作曲家、筒美京平の作品を30年分、1年ごと1曲
歌手は重ならないように選曲してみました。
大ヒット曲、商業的にはそこそこでも隠れた名曲、
現在の活動からは想像できないレアな曲などなど
1人の作曲家から生み出された数々の楽曲、30年分の
歴史を順番にどうぞ!
(発売年月 「曲名」 歌手 [作詞者])


1:1967.7 「渚のうわさ」 弘田三枝子 [橋本 淳]
2:1968.12 「ブルー・ライト・ヨコハマ」 いしだあゆみ [橋本 淳]
3:1969.4 「くれないホテル」 西田佐知子 [橋本 淳]
4:1970.1 「雨がやんだら」 朝丘雪路 [なかにし礼]
5:1971.5 「さらば恋人」 堺 正章 [北山 修]
6:1972.6 「芽ばえ」 麻丘めぐみ [千家和也]
7:1973.4 「赤い風船」 浅田美代子 [安井かずみ]
8:1974.4 「或る日」 ザリバ [石津善之]
9:1975.10 「センチメンタル」 岩崎宏美 [阿久 悠]
10:1976.10 「やさしい都会」 平山三紀 [荒井由実]
11:1977.9 「九月の雨」 太田裕美 [松本 隆]
12:1978.8 「たそがれマイ・ラブ」 大橋純子 [阿久 悠]
13:1979.1 「日曜日はストレンジャー」 石野真子 [阿久 悠]
14:1980.12 「スニーカーぶる~す」 近藤真彦 [松本 隆]
15:1981.10 「センチメンタル・ジャーニー」 松本伊代 [湯川れい子]
16:1982.10 「ドラマティック・レイン」 稲垣潤一 [秋元 康]
17:1983.4 「夏色のナンシー」 早見 優 [三浦徳子]
18:1984.2 「ト・レ・モ・ロ」 柏原芳恵 [松本 隆]
19:1985.11 「なんてったってアイドル」 小泉今日子 [秋元 康]
20:1986.11 「WAKU WAKUさせて」 中山美穂 [松本 隆]
21:1987.7 「野性の風」 今井美樹 [川村真澄]
22:1988.4 「抱きしめてTONIGH」 田原俊彦 [森 浩美]
23:1989.5 「17才」 森高千里 [有馬三恵子]
24:1990.11 「色は匂へど」 ちあきなおみ [伊集院 静]
25:1991.6 「夏の二週間」 谷村新司 [康珍化]
26:1992.11 「泣いてないってば」 裕木奈江 [秋元 康]
27:1993.11 「カナディアン アコーデオン」 井上陽水 [井上陽水]
28:1994.3 「人魚」 NOKKO [NOKKO]
29:1995.4 「タイムマシーン」 藤井フミヤ [藤井フミヤ]
30:1996.12 「TOKYO FANTASIA」 山下久美子 [湯川れい子]
31:1998.1 「恋のルール・新しいルール」 ピチカート・ファイヴ [小西康陽]




<朗読>
平岡淳子、酒井景二朗おびきみつこ、の順で。


すやまたけしさんのご家族の方々も招き
アットホームな雰囲気で、すやまさんの作品の
再発見と思い出話に花が咲く、すてきな
朗読会となりました。




今回の「星くず朗読会」は、いままで利用していた
ホールから舞台を移し、地下のカフェになったことで
趣向もずいぶんと変わりました。


お客様の人数も1/3以下まで絞らなければならず
ずいぶんと窮屈な思いをさせてしまうことに
なりましたが、そのかわり、親密度がグっと
増したようでした。


マイクから地声に、イベントからパーティーに
という感じでしょうか。今後は、利点を活かし
あまり内輪だけの集いにならぬよう、楽しい
企画をこれからも考えていきます。


ぜひ、よろしくお願いします。

2011年9月11日

話(「おともだち」)

12歳からのおともだちのみゆきちゃん、
同じクラスになったこともないのに、
きょうまでおつきあいが続いています。

それぞれ転校生であったこと、
ランドセルの色が黒だったことが、共通点。
当時、女の子は赤いランドセル、男の子は
黒いランドセルが一般的でした。
母親の趣味で、わたしたちふたりの
ランドセルは黒、どこで気が合ったのか
わかりませんが、交換日記をしていたねと。

18歳からのおともだちのロコ、出会いは
学生時代ですが、親しくなったのは
結婚してから。仕事を辞めて、夫の転勤で
ニューヨークに赴任し、時間がたっぶり
あって、お互いの家を行き来しては、
何を話していたのかしら。

そのおふたりが「ビリケンギャラリー」に
来てくれました。

「しゃくにさわるほどの笑顔だわ」と
わたしを見てみゆきちゃん。「とんでもない、
こんな苦労の連続なのに」とわたし。
親しいやりとりができるのも、
うれしいことです。

「ここ数年かわったよね」とロコ。
「あまりに少女時代が長くて、やっと
おとなになった」とわたし。おともだちの
ことばに、ハッとすることしばしば。

週末の大切な時間に、どうもありがとう
ございました。

2011年9月8日

お知らせ

事務局、ひげ☆ぼうず、です。

「ともだちは実はひとりだけなんです」
短歌:平岡あみ、解説:穂村弘、絵:宇野亜喜良

の出版を記念しまして、→ 特設サイト
立ち上げました。

ぜひ、ご覧ください!
【 ami 】 http://sdr-ami.blogspot.com/

宇野亜喜良さん










ビリケンギャラリー」にて、宇野亜喜良さんの
展覧会。「ともだちは実はひとりだけなんです」の
出版記念のオープニングでした。

平岡あみの短歌に、宇野さんが、さらさらと
絵を描いてくださり、穂村弘さんが、各章ごとに
文章を添えてくださっています。

「あみちゃんは、どんなところによく行くの?」と
15、16歳当時に訊かれ、「渋谷!」ということで、
宇野さんがその辺りをとってもかっこよく
あらわしてくださいました。

「あみちゃんにあまりそっくりにならないように
描いたんだけど、やっぱりよく似ているよね」と
宇野さん。

その素敵な宇野さんの少女のイメージを、
崩すことになるからと、ふだんは人前に
出ませんが、オープニングの日はさすがに出席。

ともだちの話、映画の話、音楽の話と
世代を超えて、話が弾んでいました。

「ともだちは実はひとりだけなんです」を
編集してくださった佐川祥子さんは、
とても美しい方です。

おしゃれのために努力している女性がすきだから、
佐川さんは、まさに憧れなのでしょう。
本づくりのセンスも、抜群です。

どうぞ読んでください。短歌と絵と、エッセイの
楽しめる、たのしい一冊です。

2011年9月7日

小手鞠るいさん

小手鞠るいさんの新刊「望月青果店」の刊行を
記念して、新宿の「ブックファースト」で、
梯久美子さんとのトークショーがありました。

ニューヨーク州の北、ウッドストックに住む
小手鞠さん、朝型の生活で、4時頃に起きて、
5時から9時くらいが執筆時間。午後は、趣味の
ランニングやガーデニングをしたり、読書をして
過ごすそうです。

"書くこと""書いていること"がほんとうに好きで、
何を、ということより、とにかく書くことで
生活していきたいと思っていたと。川滝かおりの
ペンネームで詩を書いていた時代から、小説に
舞台を移されたのも、そんなところに理由が
あるとのことです。

文芸誌「海燕」の新人賞を受賞されてから、
欲しいのはあなただけ」を刊行するまでに、
9年以上もかかったそうです。富山の薬売りの
ように、原稿を持っては出版社を訪ね歩いたと、
お話されていました。

フリーライターとして、暮らしは成り立ち、
仕事は次々に入ってくる中、"小説"の執筆を
確保する時間をつくるのは、とてもたいへん
だったとも。

小手鞠さん、長年アメリカに住んでいらっしゃい
ますが、英語はぜんぜん…で、アメリカ人の
ご主人さまは、ぜーんぶ日本語で話して
くださるんですって。家の中では、ぜーんぶ
日本語、読む小説もぜーんぶ日本語だそうです。

…そんな相手だから結婚してなんて、笑って
いました。今年も小手鞠さんにお会いできて、
とってもしあわせです。

2011年9月6日

「霧野仙子」










やなせたかし先生のテキストに、宇野亜喜良さんの
イラストレーション。やなせ先生の、このお話は
ぜひ宇野さんに描いて欲しいという願いから
出来上がった、豪華な一冊。「霧野仙子」

スパンアートギャラリー」での出版記念原画展
オープニングに行ってきました。やなせ先生の
アンパンマンの絵と、宇野さんの絵が
ひとつの空間に。ちょっとふしぎ、でもそれも
いいねっていうかんじです。

宇野さんの奥様、とても素敵なお扇子を
持っていらっしゃいました。今年は、
麻布十番の「納涼まつり」が中止になって、
恒例の宇野さんのうちわもありませんでした。
でも、そのかわりにこの扇子、素敵です。

麻布十番、かつてあったギャラリーが
クローズしてしまったり、おともだちも、
引っ越してしまったりでしばらく行っていません。

美味しいお店も、たくさんあります。
そろそろ涼しくなって、食欲の秋になったら、
遊びにいきましょ。

2011年9月5日

佐々木悟郎さん








佐々木悟郎さんは、ヤマハ(主催)のポプコン
(ポピュラーソングコンテスト)にも
出場されていたくらいで、ほんとうにすごーく
歌がお上手よー。英語の歌、すばらしいのよー」と
山口はるみさんに伺って、その足で
ピンポイントギャラリー」での、透明水彩の
作品展 cherished objects「小物の魅力」
みにいきました。

身のまわりの小物を描かれているのですが、
日本のものとはちがう独特のアメリカの匂いが。

日本の大学を卒業されてから、カリフォルニアで
暮らしていたそうです。学校に通い、たくさんの
音楽にも出会われたのですね。

身の回りにちょこんと置いておけるような、
ちいさなアンティークスは、その頃に
買い集められたものがほとんど。
たったひとつ、お気に入りのものが
そこにあるだけで、心地よく暮らせます。

コネチカット州に住んでいた頃、毎週のように
アンティークフェアに出かけていたわたしも、
あっ、こんな雰囲気の小物、並んでいたなぁと
なつかしくなりました。

お店のひとと会話しながら、胸に飛び込んできた
ものを、ひとつひとつ選ぶたのしさは、値段の
買いやすさもあって、うきうきしてくるのです。

しばらく忘れていた、アメリカの空気に
つつまれました。身の回りには、
こだわりのものを置いて、気持ちよく
過ごしたいと我が家にもどって思いました。

ソングストゥリメンバー 水絵と辿るあの日の音楽
こちらの本では、水彩画だけでなく、佐々木さんの
エッセイも読めます。ぜひどうぞ。

2011年9月3日

話(「父のお誕生日」)

父のお誕生日で、横浜でお食事会。

「もう、歳をきかないでね」って父が云うので、
○○歳おめでとうって云うのはやめて、
おめでとうだけに。

「歯も悪くなったし、お酒も弱くなった」との
ことでしたが、厚いお肉もりもり食べていたし、
お酒だってじゅうぶん飲んでいました。
まだまだ、元気ねって。

「若いときは、誕生日はお祝いされるものだった
けど、ここまで生きてくると、感謝の気持ちで
いっぱいだから、こちらがみなさんにご馳走します」と。

「一度きりの人生です。あなた自身の人生です。
すきなことをやって生きてください」と孫に
伝えてました。

会うときはいつも、新しい洋服を着ている父です。
あっそれ素敵なシャツねって、とても○○歳とは
思えないねって。

母が亡くなってから、1人暮らしも4年目の父、
お魚を煮たり、お味噌汁をつくったり、お料理が
できるので、離れて暮らしてるけれど、いまの
ところは安心です。

2011年9月1日

「スマイル」展


銀座「リクルート」ビルの「CREATION GALLERY G8」で、
178人のイラストレーターさん、スマイル作品で
勢ぞろいです。

「178人のイラストレーターが描く スマイル」

三つのお部屋にわかれていて、どの絵もスマイル、
みているわたしも、思わずにっこりします。

宇野亜喜良さん、「モナリザ」の微笑みを
思い浮かべたそうです。今回の微笑みは、
セーラー服の少女の微笑み。「モナリザ」のような
ふくよかな女性ではなく、まだ未成熟さが残る少女を。

笑わない少女を描き続ける宇野さんの、
スマイル少女は、とってもめずらしい一枚です。

南伸坊さんの大仏さんの微笑みにも、
呼び止められました、ぐぐっと。
人間だけではありません、動物の微笑みも
ありました。

スマイル・スマイル・スマイルになって、
おでかけください。9月30日まで、やっています。